手の中にある『幸せ』に気づいた時、まわりのことが見えてきた! Yさん
八重桜がきれいですね。庭の蕗も大きくなり、筍と炊き合わせにしました。
先日、家族でアルバムを広げる機会がありました。
幼い頃の子ども達、まだ若くほっそりしていた私達夫婦。
沢山ある写真の中に、同じ市内にいながらも、今は疎遠になってしまった妹の姿がありました。
彼女との気まづさを思い出し、嫌な気分になりましたが、そこに映る姿は何故か悲しく寂しそうだと気付きました。
今になって気付きました。
あの頃の妹は、辛かったのですね。救いや安らぎを求めて私の家に来ていたのでしょう。
なのに、私は自分の事しか考えていませんでした。
そんな積み重ねが彼女を苦しめていたのかも知れないと、やっと気付きました。
以前の治療の時に先生が妹の方が可哀想だとおっしゃられた時、何故?と理解出来ませんでした。
少しかも知れませんが、今になって理解出来たかなぁと思います。
先生の治療は、その時に全てが一度に分からなくても、何日か後、時には何ヶ月も後に忘れていた謎がぱっと解けたように分かる時があるのですね。
不思議で、とても幸せで嬉しいですね!
青森で双子の育児に追われる妹の事もいつか理解し許せる時が来ると思います。
そして、こんな不甲斐ない姉を二人の妹が許し、受け入れてくれる日をゆっくり待ってもいいですか?
《以前のママは棘だらけだったよ。今のママはは優しくて大好きだよ。》
15歳になった娘が言います。
確かに、アルバムに映る子ども達の笑顔はのびのびとしていなく、心が痛みます。
先日の治療で、神様が褒めて下さった事や今回の妹たちの痛みを知る事ができたのは、ご褒美と次のステップへのスタートかなぁと思います。
私のこの体験談が誰かのお役に立つのなら、とても幸せです。次回の予約の日を楽しみにしています。